テーマ1: 植物特化代謝産物の生合成と分解に関わる遺伝子同定
概要
動物と違い自由に移動できない植物は、さまざまな化合物を自ら生合成することにより環境ストレスに適応したり、生存に有利な環境に改変したりしています。
アブラナ科植物は、グルコシノレート(カラシ油配糖体)と呼ばれる特化代謝物注1を生産します。このグルコシノレートは、植物が病害虫などの被害を受けるとイソチオシアネート(カラシ油)と呼ばれる化合物に変化し、防御物質として機能することが知られています。イソチオシアネートは、カラシ油の名の通りヒトにとってはわさびや大根といったアブラナ科野菜の辛み成分であるほか、さまざまな健康増進機能を持つことが確認されており、世界的に着目されている化合物の一つですです。
我々が本研究を始めたのはアブラナ科植物であるシロイヌナズナのゲノム配列が解読された頃で、植物の遺伝子の同定には多大な労力と時間が掛かっていました。そのような中、我々は今ではごく当たり前になった統合オミクス解析を世界に先駆けて行い、グルコシノレート生合成を正に制御する鍵転写因子MYB28を世界で初めて同定しました(Hirai et al. 2007, PNAS、プレスリリース)。さらに、オミクス解析によって得られたデータを元に、グルコシノレート生合成に関与する数々の生合成酵素遺伝子やトランスポーターの同定にも成功しています(Hirai et al. 2005, JBC; Sawada et al. 2009, PCP; Sawada et al. 2009, PCP)。最近ではアブラナ科植物にとどまらず、マメ科植物が生産するイソフラボノイドやシソ目植物が生産するアクテオシド、ニチニチソウのモノテルペノイドインドールアルカロイドなど、様々な植物が系統特異的に作る多岐にわたる有用成分の生合成に関する研究も行っています(Uchida et al. 2020, PCP; Uchida et al. 2021, FEBS letters; Fuji et al. 2023, PCP; Uzaki et al. 2022 JPR)。また、これらの研究には、実験材料として通常の植物体のみならず、毛状根や培養細胞なども用いています。
上述の通り、植物が生産する特化代謝物は生存に有利に働くことが知られていますが、これらの多くは生命活動に必須な一次代謝物であるアミノ酸をリソースにしています。したがって、これらが十分に供給できない状態、つまり生育に必須な代謝物(栄養)が不足している状況での特化代謝物の生産・蓄積は生存に不利に働いてしまいます。これまでに、窒素や硫黄などの栄養欠乏条件の植物体において、蓄積している特化代謝物含量が通常状態よりも減少することが知られていました。この現象は植物が特化代謝物を分解することで生育に重要な栄養(元素)を再利用しているものと予想はされていましたが、具体的な機構は未解明でした。最近、我々は同位体ラベルしたグルコシノレートを用いたトレース実験とメタボロミクスの組合せにより、シロイヌナズナが硫黄欠乏条件においてグルコシノレートを分解し、システインに変換することで硫黄をリサイクルしていることを世界で初めて明らかにしました(Sugiyama et al. 2021 PNAS、プレスリリース)。これは、特化代謝物は生育自体においてはあまり重要でないという通説を覆す重要な結果です。さらに、東京農工大学との共同研究により、メタボローム解析などを用いて同じく硫黄を含む化合物であるグルタチオンの新規分解経路を明らかにしました(Ito et al. 2022, Plant J、プレスリリース)。 これらの研究により特化代謝物などの再利用経路の存在が証明された一方で、実際の詳細な分解経路やメカニズムについては未だ不明な点が多数残っています。現在様々な機関と共同研究を行うことでこれらの解明を進めています。
注1 生物の生命活動に必須な代謝物(アミノ酸、核酸など)を一次代謝物とよぶ一方で、主に微生物や植物がそれらから生合成する生命活動に必須ではない代謝物を特化代謝物とよぶ。従来、一次代謝物に対して二次代謝物というよび方がなされてきたが、二次という言葉が生命活動で副次的に生産される生育において不必要なもの、という印象を与えることから、近年では特化代謝物というよび方が普及しつつある。
研究成果
- シロイヌナズナが防御物質として合成したグルコシノレートを自ら分解して、アミノ酸であるシステインに変化させる経路を解明した。(Sugiyama et al. 2021 PNAS)
- オミクス解析によりダイズイソフラボン生合成におけるユニークなメチル基転移酵素を同定した。
- トランスクリプトームデータを用いた遺伝子共発現解析により、健康機能成分グルコシノレート類の生合成に関わる遺伝子群を予測し、ワイドターゲットメタボロミクス等による機能証明を行った。(Hirai et al. PNAS 2007)(Fig. 1)
Fig.1