テーマ3: 植物の発生を制御する代謝経路の同定
研究概要
これまでの数多くの研究により、様々な植物において葉や花の形・大きさが異常になる変異体が多数単離されており、その原因遺伝子の同定・解析も盛んに行われています。一般に、植物の形態の顕著な変化の原因はオーキシンなどの植物ホルモン代謝系のいずれかの変異によるものが多くを占めます。一方で、直接的に植物ホルモンの代謝に関与しないシトクロムP450と呼ばれるモノオキシゲナーゼのいくつかが、細胞の分裂や肥大を促す現象が明らかになっていました。上記背景をもとに、我々はシトクロムP450遺伝子に変異を持つシロイヌナズナ35系統を用いて、根の長さや葉の大きさなど、形・大きさに関わる12の指標について測定しました。その結果、「CYP77A4」という酵素の変異株系統(cyp77a4)では、子葉の大きさが通常より小さくなり、さらに子葉の数や形の異常が生じることを明らかにしました(Kawade et al. 2018, Development, プレスリリース)。さらに、オーキシン分布の解析の結果、cyp77a4変異株ではオーキシンをうまく分配できないことにより、子葉の数・形・大きさ・配置が異常になることが示されました。CYP77A4タンパク質はリノール酸などの不飽和脂肪酸をエポキシ化する酵素活性を持つことが別の研究グループによって確認されており、この研究は植物ホルモン以外の代謝系が植物の形態に影響を与えている珍しい事例を解明したものです。
また、モデルコケ植物であるヒメツリガネゴケ(Physcomitrium patens)において、ANGUSTIFOLIA3(AN3)と呼ばれる遺伝子の異常によりシュート成長が劇的に悪くなることを発見しました。さらに、この遺伝子の変異体ではアミノ酸の一つであるアルギニンが過剰に蓄積していることを基礎生物学研究所との共同研究により明らかにしました(Kawade et al. 2020, Cell Reports, プレスリリース)。また、AN3遺伝子は細胞の代謝や成長に関与する遺伝子の活性化も行っていることも明らかにし、植物ホルモンの代謝と直接の関連性を示さないAN3遺伝子を介したアルギニン代謝の調節がシュートの成長を促していると考えられます。
これまでは植物における形態変化は植物ホルモンによる影響によるものがほとんどであると考えられていたため、特定の代謝系の反応と生物の形態を関連づけた研究はあまり取り組まれてきませんでした。しかし、我々の研究が示したように、一見形態形成とは無関係に見える代謝酵素が原因の形態異常が見つかってきています。この「代謝」と「形態」に着目した研究は今後も広がりを見せ、加速していくものと思われます。
研究成果
- ヒメツリガネゴケ茎葉体の成長がアルギニン代謝を介して促進されていることを明らかにした。(Kawade et al. 2020 Cell Reports)
- 代謝酵素CYP77A4がオーキシンを正常に胚に分布させ、2枚の子葉を胚の左右に分けて作らせることを明らかにした。(Kawade et al. 2018 Development)