代謝システム研究チーム

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テーマ2: アミノ酸生合成制御機構の解明

概要

 アミノ酸の一つであるセリンは、植物においては複数の経路によって生合成されることが知られています。その一つであるリン酸化経路と呼ばれる経路は動物や微生物にも共通して存在しており、微生物においては経路の最初の酵素である3-ホスホグリセリン酸脱水素酵素(PGDH)が最終産物であるセリンによってフィードバック制御(抑制)されていることが知られています。被子植物であるシロイヌナズナは3つのPGDHアイソザイム(PGDH1、PGDH2、PGDH3)を持っています。これらアイソザイムをコードする遺伝子は植物体内において発現部位が異なっており、またPGDH1遺伝子のノックアウトは胚性致死を示す一方で、PGDH2およびPGDH3遺伝子のノックアウトは生育に大きな影響を与えないなどの違いがあることから、それぞれ植物体内で異なる役割を担っていることが示唆されていました。

 我々は、大腸菌を用いて調製したシロイヌナズナの3つのPGDHの組換えタンパク質と、D-体を含む43種類のアミノ酸のすべての組合せで試験管内酵素反応を行い、アミノ酸によるPGDHの活性変化を調べました。その結果、PGDH1とPGDH3はL-セリンによる活性阻害だけでなく、L-アラニン、L-バリン、L-メチオニン、L-ホモセリン、L-ホモシステインによる活性亢進を受けることが明らかになりました(Okamura et al. 2017, Scientific Reports, プレスリリース)。さらに、被子植物シロイヌナズナ以外の種々の陸上植物が持つPGDHアイソザイムの活性を同様の手法で調べたところ、後述するゼニゴケを除いて、調査したすべての植物がシロイヌナズナと同様にアミノ酸による制御を受けるタイプと受けないタイプの2種類のPGDHを有していることが明らかになりました(Okamura et al. 2021, Biochemical Journal)。ゼニゴケ(Marchantia polymorpha)は現存する陸上植物と共通の祖先から進化の過程で分岐したコケ植物の一つで、すでに全ゲノム構造が解明されています。ゼニゴケはPGDHを1つだけ持ち、これはアミノ酸による制御を受けるタイプであることを我々は明らかにしています(Akashi et al. 2018)。したがって、陸上植物の共通祖先のPGDHはアミノ酸による制御を受けるもので、進化の過程で遺伝子重複と機能分化によってアミノ酸による制御を受けないPGDHを獲得したと考えています。

 このように、植物のPGDHには2つのタイプがあることが明らかになった一方で、植物がこれらをどのように使い分けているかは未だ明らかになっていません。そこで、我々はPGDHを1つしか持たないゼニゴケを実験材料として、PGDHの生理機能や、リン酸化経路によって作られるセリンの役割の解明を目指した研究に取り組んでいます。ゼニゴケの「本体」は葉状体と呼ばれる平べったい器官で、雄株と雌株があり、雄株は精子を、雌株は卵を作ります。PGDHノックアウト体は昼夜のある条件では葉状体の生育が顕著に遅くなりましたが、連続光条件では野生型と同様に生育しました。昼間(明所)では光呼吸が起こり、これに関連するグリコール酸経路でセリンが作られるためであると考えられます。PGDH遺伝子のノックアウト体では、葉状体のセリン含量が夜間(暗所)で顕著に減少していました。セリンは光合成を行う器官ではグリコール酸経路と呼ばれる光呼吸に関係する経路で生合成されることが知られており、我々の結果は暗所でのセリン生合成をリン酸化経路が担っていると考えられることに合致します。興味深いことに、PGDHノックアウト体では精子形成が起こりませんでした。また、卵は正常に発達して野生型の正常な精子と受精することができましたが、胞子に発達することができませんでした(Wang et al. 2024, Communications Biology, プレスリリース)。我々はいま、なぜセリン代謝の異常が精子形成不全につながるのか、そのメカニズムの解明に取り組んでいます。

研究成果