科学技術振興機構 CREST 研究課題
「植物アミノ酸代謝のオミクス統合解析による解明」
近年の急速な技術進歩により可能となりつつある網羅的メタボローム解析は、代謝制御機構の解明に必須となる膨大な情報が得られますが、そのデータから体系的な生物学的知見を獲得するための方法論は未確立です。本研究では、シロイヌナズナ遺伝子破壊株ライブラリーについて包括的にメタボローム解析を行い、同時に取得する転写産物プロファイルなどのデータをパラメータに用いた新規数理モデルを構築し、植物のアミノ酸代謝制御を予測・検証します。
研究成果
- H19年度報告
- 【研究概要】
- 代謝撹乱をおこした実験系(シロイヌナズナの各種遺伝子破壊株)を用いて、種子の代謝プロファイルデータを取得しフェノーム
(可視的表現型)データと統合解析した。またアミノ酸代謝制御に関わる未知遺伝子を予測するための発現相関解析を行った。今後は、種子以外の器官におけるメタボローム、トランスクリプトームデータを取得してデータベース化すると同時に、これらのデータに基づく代謝制御予測と、分子生物学的、逆遺伝学的実験による予測の検証を行う。また、代謝撹乱をおこした実験系の先行例として既知のメチオニン過剰蓄積シロイヌナズナ変異体を用いて、詳細なメタボロームデータとトランスクリプトームデータの統合解析を行い、メチオニン関連の代謝バランス制御機構を予測する。
- 【研究結果】
- 約3,000 種のシロイヌナズナ遺伝子破壊株(トランスポゾンタグライン)の種子のアミノ酸プロファイル、および二次代謝産物グルコシノレート類のプロファイルを分析。その結果、20 種のタンパク性アミノ酸のうちのいずれかまたはいくつかの蓄積量が変化しているラインが1 割程度の頻度で見つかった。このうち、原因遺伝子(トランスポゾンタグにより破壊された遺伝子)のアノテーションが興味深いものについて、トランスクリプトーム解析を行った。
- トランスポゾンタグラインのフェノーム(可視的表現型)データは、研究参加者である黒森らにより既にデータベース化されており(Kuromori et al. 2006, Plant J 47:640)、アミノ酸プロファイルと可視的表現型との関連に関する解析を行った。
- 高速代謝プロファイル分析系の精度とスループットを向上させるために、新たにUPLCTM-タンデム四重極型質量分析装置を導入した。この装置を立ち上げ、標準品化合物で感度を検討した結果、これまで用いていたUPLCTM-四重極型質量分析装置と比較し、各化合物の検出感度が数十倍-数百倍に増加することが確認できた。
- 【研究概要】
- H20年度報告
- 【研究概要】
- ラージスケールデータに基づく仮説構築を行うための基盤として、ハイスループット高速代謝産物分析系を確立し、またデータベース構築に着手した。これにより、今後は大規模なメタボロームデータの収集が可能となり、このデータセットを利用して代謝制御機構を予測するための道が拓けた。また、先行研究としてメチオニン生合成に着目し、その制御機構を解明するための分子遺伝学的研究を進行している。
- 【研究結果】
- 前年度に引き続き詳細な解析を行った。また、約3,000のデータをすべて利用して、原因遺伝子と代謝プロファイルとの関連を詳細に調べてた(NAISTと共同)。
- 高速代謝プロファイル分析系の精度とスループットを向上させるために、UPLCTM-タンデム四重極型質量分析装置(UPLC-TQMS)を昨年度導入。本装置を安定して稼働するよう整備と条件検討を行った。理研のメタボローム解析プラットフォーム構築の一環として購入した約1,000の標準化合物ライブラリーについて、UPLC-TQMSによるMS/MS分析(multiple reaction monitoring; MRM)で安定的に定量データが取れる条件を検討し、うち約400化合物の条件決定に成功。
- 標準化合物および植物からの抽出物のハンドリングをほぼ自動化することができる「ワイドターゲットメタボロミクス(Widely targeted metabolomics)」の技術基盤を確立した。ケーススタディとして、代表的な植物14種の種子(または種皮)の代謝産物分析を行い、種に特異的な代謝プロファイルを見いだすことに成功。(Sawada et al. (2009) Plant Cell Physiol)。
得られたデータセット(標準化合物のMRM条件、MSスペクトル、MS/MSスペクトル、植物サンプルの代謝プロファイルデータなど)をウェブサイトPRIMe 内のDROP MetおよびReSpectから公開している。
PRIMe (Platform for RIKEN Metabolomics) (Akiyama et al. (2008) In Silico Biology)
DROP Met (Data Resources Of Plant Metabolomics)
ReSpect (RIKEN MSn Spectral Database for Phytochemicals)
- H21年度報告
- 【研究概要】
- ハイスループット高速代謝産物分析系(ワイドターゲットメタボロミクス)を用いて、シロイヌナズナ遺伝子破壊株ライブラリーをはじめとする大規模バイオリソース等の代謝プロファイル解析を開始した。個別研究としては、ワイドターゲットメタボロミクスによる遺伝子機能同定を行った。また、メチオニン量の制御に着目し、代謝攪乱を起こさせたシロイヌナズナカルスの代謝物分析を行い、数理モデル化に着手。
- 【研究結果】
- 公開されているシロイヌナズナ大規模トランスクリプトームデータ(AtGenExpress)を用いた遺伝子共発現解析により、メチオニンからのグルコシノレート生合成に関わる遺伝子群を推定した。これら候補遺伝子の機能破壊株のトランスクリプトーム解析およびワイドターゲットメタボロミクス解析により、メチオニンの側鎖伸長に関与する複数の酵素遺伝子、生合成中間体のオルガネラ間輸送に関わる遺伝子の機能を証明した。
- NAISTグループが開発してメタボロームの代謝物同定に有効であることを示した代謝物データベースKNApSAcKを用いて、AtGenExpressと同条件で栽培したシロイヌナズナのLC-QTOFによるメタボローム解析を行い、トランスクリプトームデータとの対応によりグルコシノレート代謝の特徴を明らかにした。
- 北大グループで整備しているメチオニン過剰蓄積mto1, mto2, mto3変異体のバッククロスラインについて、GC-TOFMSを用いたメタボローム解析を行い、各変異の代謝に与える影響を解析した。
- ワイドターゲットメタボロミクスを用いて、シロイヌナズナ遺伝子破壊株ライブラリーをはじめとする大規模バイオリソース等の代謝プロファイル解析を開始。これに先立って取得した約2,700種のシロイヌナズナ遺伝子破壊株(トランスポゾンタグライン)と約230種のシロイヌナズナアクセッションの種子のアミノ酸およびグルコシノレート類のプロファイルデータを詳細に解析。
統計学的手法や金谷らが開発したソフトウェアDPClus(http://kanaya.naist.jp/DPClus/)、Arabidopsis Gene Classifier を用いてデータの分布や相関などを調べ、遺伝子機能とアミノ酸代謝への影響の関係を解析、NAISTグループと共同で論文発表に至った。
- H22年度報告
- 【研究概要】
- ハイスループット代謝産物分析系(ワイドターゲットメタボロミクス)を用いて、シロイヌナズナ遺伝子破壊株ライブラリーや作物野生種コアコレクション等の大規模バイオリソースの代謝プロファイル解析を行い、代謝物蓄積に影響する遺伝子(座)の推定等を行った。また、メチオニン量の制御に着目し、代謝攪乱を起こさせたシロイヌナズナカルスの代謝物分析を行い、数理モデル化を行った。実測値と計算値との比較に基づいてモデルの改良を重ね、モデルの利用による未知制御因子の予測を目指した。
- 【研究結果】
- 九大の白石文秀教授と共同研究を開始し、バイオケミカルシステム理論(Biochemical Systems Theory, BST)とその応用による代謝モデリングを開始した。多数の化学反応からなる代謝ネットワークを、代謝物濃度の非線形連立微分方程式として記述し、これを解くことで代謝ネットワークのシステムとしての特性を理解する。この方法により、代謝撹乱の状態下で代謝物濃度の時間変化が分かれば上記の連立微分方程式の解を与えることができる。
ハイスループットにデータを得ることのできるワイドターゲットメタボロミクスを用いれば、約700種の代謝産物について代謝産物濃度の詳細な経時変化データを得ることができ、BSTでの解析は非常に有効である。具体的には、リジンおよびスレオニン添加により代謝撹乱を起こさせたシロイヌナズナカルス(北大グループの項参照)の時系列代謝産物分析をワイドターゲットメタボロミクスにより行った。この系では、アスパラギン酸族アミノ酸生合成のフィードバック抑制によりメチオニン濃度が低下するが、経時的にデータをとるとメチオニン濃度は低下後にまた上昇するという予想外の変化を示した。このデータを元にBSTによりアミノ酸代謝制御システムの特性を解析。 - 高速ターゲット分析法により、約2,700種のシロイヌナズナ遺伝子破壊株(トランスポゾンタグライン)と約230種のシロイヌナズナアクセッションの種子のアミノ酸プロファイル、および二次代謝産物グルコシノレート類のプロファイルを分析した。その結果、遺伝子破壊株群からは、20種のタンパク性アミノ酸のうちのいずれかまたはいくつかの蓄積量が変化しているラインが1割程度の頻度で見つかった。このうち、Calmodulin9遺伝子など、原因遺伝子(トランスポゾンタグにより破壊された遺伝子)のアノテーションが興味深いものについて、トランスクリプトーム解析を行い、原因遺伝子機能の解明を行った。
- 北大グループで整備しているメチオニン過剰蓄積mto1, mto2, mto3変異体のバッククロスラインについて、GC-TOFMSを用いたメタボローム解析を行い、各変異の代謝に与える影響を解析した。いずれの変異体でもメチオニン過剰蓄積という代謝攪乱が起こっているが、他の代謝に対する影響の範囲は異なっていることがわかった。
- 理研グループで開発したワイドターゲットメタボロミクスを用いて取得した標品化合物のマススペクトルデータを、JST-BIRDプロジェクトとして開発している高分解能マススペクトルデータベースMassBank(http://www.massbank.jp/ja/about.html)から公開し、論文発表した。
- メタボロミクスが生物学研究のツールとして成熟し、幅広く利用されるようになることを目指して、様々な研究分野の研究者とも共同研究を行っている。進化ゲノム学の研究者とは、ワイドターゲットメタボロームデータ提供という形で共同研究を行い、生命の頑強性の仕組みの解明に至った(H22年8月18日プレス発表)。
- ある種(しゅ)の植物病原菌がシロイヌナズナに感染した際のアミノ酸由来二次代謝産物グルコシノレートの蓄積量の変化をワイドターゲットメタボロミクスで分析し、さらにグルコシノレートの欠損変異体を用いた実験などにより、植物病原菌に対するアミノ酸由来二次代謝産物の抗菌活性を明らかにした。
- 【特許(国内)】
発明の名称 :スケジューリング装置、スケジューリング方法、スケジューリングプログラム、記録媒体、
および質量分析システム発明者 :澤田 有司、 平井 優美 出願人 :理化学研究所 出願日 :平成22年4月28日 出願番号 :特願2010-104563 - H23年度報告
- 【研究概要】
- 前年度に引き続き、主にシロイヌナズナを用いて、本研究で確立したハイスループットなメタボローム分析技術(ワイドターゲット分析)を用いて代謝物データを取得し、シロイヌナズナ機能未知遺伝子の機能予測・同定、代謝の数理モデル化などを行っている。また、アミノ酸代謝制御機構の分子メカニズムの解明を目指して,アミノ酸代謝に撹乱がおきているシロイヌナズナ変異体に着目し、トランスクリプトーム、メタボローム解析を行っている。本年度の研究のテーマは以下の通り。
- ・バイオケミカルシステム理論に基づく代謝システム解析
- ・シロイヌナズナ遺伝子破壊株の分析と有用遺伝子探索
- ・シロイヌナズナエコタイプ(アクセッション)の分析と有用遺伝子探索
- ・作物植物の分析と比較メタボロミクス
- 【研究結果】
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バイオケミカルシステム理論に基づく代謝システム解析
九州大学・白石文秀教授との共同研究により、ゲノムスケールの数理モデルを作り,リジンおよびスレオニンを細胞外から与えた場合の代謝シミュレーションを行った。実際にシロイヌナズナカルスを用いた実験系で代謝産物量の時系列データをワイドターゲット分析によって取得し、シミュレーションによる経時変化のパターンと概ね一致することを確認した。リジン・スレオニン添加実験の追試および方法論の理論面からの検証を引き続き行っており,H24 年度中の論文投稿を目指している。 - シロイヌナズナ遺伝子破壊株の分析と有用遺伝子探索
数千種のシロイヌナズナ遺伝子破壊株について、ワイドターゲット分析による幼植物体の代謝物プロファイルデータを取得し、分枝鎖アミノ酸高蓄積株を既に得ている。その原因遺伝子の機能解明を行った。 - シロイヌナズナエコタイプ(アクセッション)の分析と有用遺伝子探索
数百種のシロイヌナズナエコタイプについて、ワイドターゲット分析による種子の代謝物プロファイルデータを取得している。公開SNP 情報を用いたゲノムワイドアソシエーション解析により,アミノ酸蓄積に影響を与える遺伝子の同定を昨年度より引き続き進めた。
- 作物植物の分析と比較メタボロミクス
さまざまな作物等のワイドターゲット分析によって,植物種による代謝産物プロファイルの差異を見いだした。今後は,植物種間で共通の、あるいは異なる代謝物相関を明らかにすることで、代謝制御機構解明のための手がかりを得る。
- 【研究概要】